大阪地方裁判所堺支部 昭和37年(タ)4号 判決 1963年9月16日
本籍 鹿児島県 住所 布施市
原告 山田美子(仮名)
国籍 フィリピン共和国 最後の住所 沖繩
被告 コルデクト・ラリアン(仮名)
主文
一、原告と被告とを離婚する。
二、訴訟費用は被告の負担とする。
事実
原告は、主文と同旨の判決を求め、その請求原因として、「原告は、昭和二五年九月頃沖繩前原地区美里村に居住していたところ、当時同地区駐留米軍の軍属として同村に居住していた被告とねんごろになり、同年一〇月頃から被告と夫婦関係を結び、昭和二九年一月七日婚姻届出をして被告と正式の夫婦となつた。そして原被告間には男児が出生した。ところが昭和三〇年一月五日被告は単身フィリピンに帰り、それ以来今日まで八年余の間、被告から一回の音信もなく、生活扶助もしてくれず、その所在も不明であるから、被告は原告を悪意で遺棄したものというべきである。そこで被告との離婚を求める。」と述べた。
被告は、公示送達による呼出を受けたが、本件口頭弁論期日に出頭しなかつた。
立証として原告は、甲第一、二号証を提出した。当裁判所は、職権で、婚姻届、沖繩における婚姻証明書(いずれも認証のある訳文)を取り調べ、原告本人を尋問した。
理由
いずれも公文書でさるから真正に成立したものと認められる甲第一号証、婚姻届、沖繩における婚姻証明書(いずれも訳文)、原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第二号証、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を綜合すれぱ、次の事実が認められる。すなわち、原告は肩書地に本籍を有する日本人で、もと本籍地に居住していたが、昭和二五年沖繩に渡航したところ、当時沖繩駐留軍の軍属として沖繩に来ていたフィリピン共和国の国籍を有する被告と知り合い、同年六月頃から被告と事実上の夫婦として沖繩前原地区○○村で同棲するに至つたこと、その後原被告は、昭和二九年一月七日沖繩○○村長に対し婚姻届出をし、次いで同年一二月八日結婚式を挙げたこと、ところが被告は米軍の命令でフィリピンに帰国することとなり、原告を同伴して行こうとしたが、原告の渡航許可が得られなかつたので、原被告は合意の上、とりあえず被告は単身で帰国し原告は一たん本籍地に引き揚げた上でフィリピンへ渡航することとして一時別居することを約し、昭和三〇年一月五日被告はフィリピンへ帰国したこと、そして原告はその頃本籍地に引き揚げ、同年一月一八日本籍地の鹿児島県大島郡○○町長に対し被告との婚姻届を提出したこと、その後原告はフィリピンへの渡航手続をしようとしたが、手続不案内のためはかどらず、一方、被告からは同年二月頃金一〇ドルを同封した手紙が届けられたが、その後は音信もなくなり、生活費の送金もなく、その所在はもち論消息も不明のまま今日に及んでいること、かくて原告はもはや被告との婚姻生活を断念せざるを得なくなり、昭和三五年頃本籍地から堺市浜寺昭和町○丁○○○番地○○園アパートに転住し、さらに昭和三七年九月肩書住所に転居したこと、かような事実が認められる。
ところで、夫婦が各別の国籍を有する場合の離婚訴訟の裁判権の帰属であるが、離婚は夫婦間の相互的身分関係である婚姻の解消であり、夫の身分関係に重大な影響を与えると同様に、妻の身分関係にもまた重大な影響を及ぼすものであつて、その間に軽重はないから、夫婦いずれの本国にも平等に裁判権が認められるべきものであるところ、前認定のとおり、原告は日本国籍を有するから、被告の住所が日本にあると否とにかかわらず、日本の裁判所は本訴につき裁判権を有するというべきである。
次に、日本の裁判所のうちどの裁判所が本訴につき管轄権を有するかにつき判断する。人事訴訟手続法第一条によれば、離婚訴訟は夫婦が夫の氏を称するときは夫、妻の氏を称するときは妻が普通裁判籍を有する地の地方裁判所の管轄に専属するところ、夫婦につき称氏者のない場合には右法条によることはできないから、その管轄は原則として被告が普通裁判権を有する地の地方裁判所に専属するとみるべきであるが、被告が原告を遺棄しその所在が不明であるとき、その他国際私法生活上の円滑と安全を図るため特に必要な事情がある場合に限り、その管轄は例外として原告が普通裁判籍を有する地の地方裁判所に専属すると解するのが相当である(横浜地方裁判所昭和三一年二月一五日判決、下民集七巻二号三四九頁、長崎地方裁判所昭和三一年二月九日判決下民集七巻二号三〇〇頁参照)。そして前記甲第一号証によれば、原被告の婚姻は夫の氏を称するものでも妻の氏を称するものでもないことが認められ、また前認定の事実によれば、被告は妻である原告を悪意で遺棄したものというべきであり、かつ、被告の所在は不明であり、一方、本訴が提起された昭和三七年四月一四日当時原告は当裁判所の管轄に属する堺市に住所を有したのであるから、本訴は例外的に当裁判所の管轄に専属するというべきである。
次に法例第一六条によれば、離婚の準拠法はその原因たる事実の発生したときにおける夫の本国法であるから、本件の場合は、夫である被告の本国法すなわちフィリピン共和国の法律によるべきところ、一九五〇年六月一九日施行のフィリピン共和国法第三八六号は、第九七条において、刑法において定められている妻の姦通及び夫の蓄妾行為、または夫婦の一方の他の一方に対する殺人未遂の場合に、法定別居を求める訴を提起することができる、と規定するのみで、離婚に関する規定を欠き、同国は同法律により離婚を禁止したものと解されており、また同法第一五条は、家族の権利義務または人の法律上の身分、地位及び能力に関するフィリピンの法律は、外国にあるフィリピン人にも適用される、と規定するから、同国は、右所定の法律関係につきいわゆる本国法主義を採用したものと解すべきものであり、従つて法例第二九条によるいわゆる反致条項を適用すべき余地はない。
しかしながら、本件の場合は、妻である原告が婚姻前日本に居住し、かつ現に日本に住所並びに国籍を有し、前認定のとおり夫である被告から悪意で遺棄され、しかも夫の所在が不明の場合である。この場合なお法例第一六条により前記フィリピン共和国法を適用して離婚を許さないとすることは、国家として原告の自由を永久に拘束し、その権利保護を不当に拒絶する結果となり、日本の私法法規の根本理念に著しく反すると共に日本国民の道義の根本観念を著しく害するものといわなければならないから、かかる外国法規は日本の公序良俗に反するものとして法例第三〇条によりその適用は排除されなければならない。従つて結局本訴については、夫の本国法であるフィリピン共和国法の適用はなく、日本民法をその準拠法とすべきものと解するのが相当である(東京地方裁判所昭和三三年七月一〇日判決、下民集九巻七号一二六一頁、同裁判所昭和三五年六月二三日判決、下民集一一巻六号一三五九頁参照)。
そうすると、前認定の事実は日本民法第七七〇条第一項第二号に該当することが明らかであるから、被告との離婚を求める原告の請求は正当としてこれを認容すべきものである。(なお、前記甲第一号証、原告本人尋問の結果によれば、原告は、被告と同棲後婚姻届出前である昭和二六年一一月一三日被告との間の子である清を分娩しこれを自己の非嫡出子として出生届出をしたことが認められるが、清が被告から認知されたことの証拠はなく、従つて清は嫡出子としての身分を有せず、当然原告の単独親権に服すると解されるので、その親権者の指定はしない)。
そこで民事訴訟法第八九条を適用の上、主文のとおり判決する。
(裁判官 松田延雄)